2010/5/25 火曜日

学校は「ひとりぼっち」をつくる場所

子供の運動会。

朝、先生が、「運動会にお父さんお母さんがこない人?」と
たずねたところ、手をあげたのはうちの子一人。

弁当の時間。
幸い、〇〇くんが「いっしょにたべようよ」と
声をかけてくれたそうです。

その後、先生(女の人)から
「先生が一緒にたべてあげようとおもったのに」といわれたそうですが・・・
悪気はないとおもいますが
手をあげさせた、朝の時点で、そうおっしゃっていただければ・・・
(悲しい思いをするのも、良い経験ですので、
一概に否定はしないのですが)
なんか、女の人って、こういうところが、あるように思うのです。

最近、女の人から
人間関係で仕事を辞めた、という話を聞くことが多いのは
こんなところにもあるのでは?

2010/5/24 月曜日

ぼくのこと、覚えてる?

Filed under: 雑記 — admin @ 21:49:45

久しぶりに店に来た、5歳くらいの男の子。ぼくのこと、覚えてる? なんて訊くから、覚えてるよ~ と答えたら、ぼく、〇〇っていうんだよ なんて言ってたっけ。

同じようなやりとりが別のお客様ともありました。
角刈りの土木作業員風の30代くらいのお客様。
俺のこと覚えてる?と聞かれて「この前橋本駅のそばで見かけましたよ」と答えたけれど、そんなことを聞きたくなるような、せつない時代なのかな?

2010/5/2 日曜日

大人になって転ぶと、大変です

Filed under: 産廃人間 — admin @ 13:33:00

【大人になって転ぶと、大変です】

親や先生の都合で扱いやすい子供が作られているようです

経験上、ピュアなだけでは生きられません

転んだあとにも、意欲が残っていれば良いのですが

何か、意欲の部分が侵食されているように感じます

上の世代の人は無責任に
「お腹がすけば食べるだろう」と簡単に言うのですが
食べ方が、わかりません

協調性と社会性の違い

Filed under: 間違った協調性, 産廃人間 — admin @ 13:29:52

【協調性と社会性の違い】

たとえば皆で飲みに行こう、という話になったとき
「おれは行かない」と言うと
「お前協調性がないなー」という「協調性」

この「協調性」には「おれ(達)」が強いんだから
おれの言うことを聞け、的な暴力性がある

時に自分の意思に反することに従うことを強制されるという意味で
「協調性」と「社会性」が同列に扱われるが、
ある集団の中で強いもの、主流であるものと同一であることを
強制されるのが「協調性」である
これに対し、「社会性」はある集団をより高い視点から
客観的にみたときには、正しいことに従うことであると考える

この間違った「協調性」は
「自己主張」と「わがまま」の区別もつかないような
大人度の低い先生と子供たちだけの閉鎖的な空間の中で強められる
この状況が家庭や地域社会(特に街のおじさん)で修正されれば良いが
おそらく難しいだろう

この日本では、「協調性」は学校とか家庭とかどの集団にいても
多かれ少なかれとりあえずは習得できる

しかし、大人の都合で、意見を出すことや議論したり考えたりすることが
巧みに排除されているこの状況下で、「社会性」を習得することは
非常に困難であると思われる

ここでも「要領の悪い」「空気を読めない」人が
またこぼれ落ちるのであろう

「子供たちのために」という言葉が怖い

Filed under: 産廃人間 — admin @ 13:28:49

【「早寝早起き朝ごはん」は良いのですが】

週休2日で高給取りの先生職員方のために、
この不景気下で貴重な親御さんの時間を割いて、
学校で校門に立って給食費を集金したり地域パトロールしたりしてあげる
必要があるの?
好きでしてあげている人は良いのですが
「子供たちのために」という魔法の言葉で
強制的に参加させられている人もいると思います
本当に経済的に困っている人にとっては暴力です
どこまでお人よしで家畜なの?

品行方正とは程遠い、突っ込みどころ満載で、
たたけば埃どころか、ゴミがでる貧乏人のたわごと
ただ、えらい人の言うことをきいて
立派である振りをするのにつかれました

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