ありとカマキリ、犬と猫
アリが生きていくためにはある種の協調性が必要だと思いますが、カマキリがカマキリとして生きていくためには協調性は不要ではないかと思います。
カマキリが集団で狩りをするなんて聞いたことないですし…
何というか、学校ではカマキリにアリの生き方を教えるとか、犬に猫の生き方を教える的な、ちぐはぐなところがあるように、感じます。
もちろん、双方に、社会性は必要だと考えます。
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コメント (0)アリが生きていくためにはある種の協調性が必要だと思いますが、カマキリがカマキリとして生きていくためには協調性は不要ではないかと思います。
カマキリが集団で狩りをするなんて聞いたことないですし…
何というか、学校ではカマキリにアリの生き方を教えるとか、犬に猫の生き方を教える的な、ちぐはぐなところがあるように、感じます。
もちろん、双方に、社会性は必要だと考えます。
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コメント (0)【協調性と社会性の違い】
たとえば皆で飲みに行こう、という話になったとき
「おれは行かない」と言うと
「お前協調性がないなー」という「協調性」
この「協調性」には「おれ(達)」が強いんだから
おれの言うことを聞け、的な暴力性がある
時に自分の意思に反することに従うことを強制されるという意味で
「協調性」と「社会性」が同列に扱われるが、
ある集団の中で強いもの、主流であるものと同一であることを
強制されるのが「協調性」である
これに対し、「社会性」はある集団をより高い視点から
客観的にみたときには、正しいことに従うことであると考える
この間違った「協調性」は
「自己主張」と「わがまま」の区別もつかないような
大人度の低い先生と子供たちだけの閉鎖的な空間の中で強められる
この状況が家庭や地域社会(特に街のおじさん)で修正されれば良いが
おそらく難しいだろう
この日本では、「協調性」は学校とか家庭とかどの集団にいても
多かれ少なかれとりあえずは習得できる
しかし、大人の都合で、意見を出すことや議論したり考えたりすることが
巧みに排除されているこの状況下で、「社会性」を習得することは
非常に困難であると思われる
ここでも「要領の悪い」「空気を読めない」人が
またこぼれ落ちるのであろう
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